皆様からお寄せ頂いた、ブロック塀・フェンスの災害時の体験談を掲載します。どうぞご参考にしてください。
このページは、新潟県の中越地震(2004年)・中越沖地震(2007年)について書かれた体験談です。3話。新潟県3(都道府県別の話数)。
本文は寄せられたままで、当社は手を加えていません。見出しを押すと本文が開きます。
「言葉に現せないほど恐い体験をした」(女性 新潟県 20代)
私は新潟県柏崎市に住んでいます。
中越地震と中越沖地震を体験した。
柏崎では震度7ぐらいで、家が崩れたとかはなかったのですが、私の家の中や外のブロック塀がくずれおちました。私の住んでいる地域は昔ながらの古いお家がいっぱいあるので私の家の塀だけではなく回りの家の塀も崩れおちました。午前10時頃だったので散歩してる方や、車や自転車もいっぱい通っていました。私は出掛ける前だったのでまだ家にいましたが、私のおじいちゃんは庭の草むしりをしていました。塀が崩れたときたまたまおじいちゃんは近くにいなかったみたいで大丈夫でしたが、近所の方は自分の家の塀が崩れてきて大ケガをしたみたいです。
あんか硬いブロック塀が上からおってくればあたりどころが悪ければ死にいたってたかもしれないと思うと恐くてしょうがありません。
あっちこっちに塀が飛び散り、歩くのも大変なくらいです。もちろん車なんて通れません。
片付けも塀が重たいので本当大変でした。
「中越地震で経験したブロック塀の怖さ」(女性 新潟県 40代)
最大震度7を記録した2004年の新潟県中越地震。
当時、私の住む地域は震度6を記録しました。
家族で外出していて、あと少しで自宅に到着というときに大きな揺れを感じました。
車に乗っていましたが、幸いなことに信号待ちをしている時だったので事故に至りませんでした。
大きな国道から、住宅街にはいると地震のすごさが見てわかりました。
あちこちの住宅のブロック塀が崩れて道路に倒れていました。
まだ続く余震と散乱しているブロックをよけ、徐行しながらようやく帰宅しました。
当時我が家にはブロック塀はなかったのですが、昔からの住宅街ということもあり、周辺にはブロック塀はいくつもありました。
その時には法律とかわかりませんでしたが、あとから聞いた話では、鉄筋が入っていなかったり、耐久性が悪かったりという塀が多かったそうです。
「道を歩くときには壁側をあるきましょう」と子どもに指導していたのは間違いになるのかな、と感じてしまいます。
「毎日の通学路がこんなに危ないなんて」(男性 新潟県 20代)
私が小学生のとき、新潟県中越地震が起きました。地震が発生したときは、非日常感から怖いというよりは不謹慎ながらもわくわくしてしまっていたのを今でも覚えています。とはいえ、けして小さな揺れではなく、両親は家やライフライン、今後の生活を思い不安な表情、祖母は大きな揺れの連続にかなり参ってしまったようで、ただ事ではない規模でした。
余震がだんだん小さく、頻度も少なくなってきたときのことです。学校もはじまり、通いなれた道を通って毎日登下校していました。ある日学校にいってみると、クラスメイトがいません。先生に聞いてみると、大ケガをして入院したと知らされました。詳しく聞いてみると、なんと私が毎日通っている道にある古い家の石壁が地震でぐらつくようになっており、その壁におっかかった際に石が崩れ、利き手の指を4本潰してしまったとのことでした。私も毎日近くを通り、壁の近くで遊んでいました。幸いその友達の手術はうまく行き、今ではなんの問題もなく生活ができていますが、傷跡は大きく残っています。
田舎の古い大きな家には立派な塀があることは少なくありません。大きな事故が起きないことを願うばかりです。