皆様からお寄せ頂いた、ブロック塀・フェンスの災害時の体験談を掲載します。どうぞご参考にしてください。
このページは、1995年の阪神・淡路大震災について書かれた体験談です。5話。兵庫県3・福岡県1・岡山県1(都道府県別の話数)。
本文は寄せられたままで、当社は手を加えていません。見出しを押すと本文が開きます。
「駐車場での液状化現象によるブロック塀倒壊の経験談」(男性 福岡県 50代)
2005年3月に起きた「福岡西方沖地震」。その時私は朝からパチスロ北斗の拳にはまっていました。開店から一時間弱、2万円強打ち込んでおり「こりゃあ早めに撤収かなぁ・・・」と考え始めたときに、その地震は起きました。ミシッ!と言う感覚とともに店員、客ともにふっと上を見上げる。阪神・淡路大震災から10年。その記憶も薄れかけていたときの地震です。誰もが我先に外に・・・と思ったのですが、外に飛び出したのは私を含めてわずか数名。「命よりパチンコか!」と思わず突っ込みたくなりましたが、それよりも私の頭を支配したのは目の前の光景です。なんと、駐車場に停めてある車2台にまたがって崩れ落ちているブロック塀。しかもそのうちの一台は自分の愛車のハイラックスサーフではありませんか!ああ・・・パチスロで負け、地震で車を大破し、なんという年度末なんだ・・・と崩れ落ちるような気分の中、まてよ、これは保険で修理できるのか?それともパチンコ屋のほうで弁済してもらえるのか?と頭の中で考え、その場にうずくまるしかありませんでした。結局パチンコ屋のほうで修理代は請け負っていただき(保険なのかどうかはわかりませんが)、手出しはありませんでした。が、その日はパチスロでほぼ同額を負けてしまいスロットの勝ち負けなしで修理代を払ったようなものでした。
「阪神淡路大震災での外構倒壊などの体験談」(女性 岡山県 40代)
平成7年1月17日、言わずと知れた《阪神淡路大震災》が発生しました。私は須磨区に住んでいましたが、のちの旦那さんが長田区に住んでしましたので翌日助けに向かいました。道路も建物も崩壊してましたが、今まで気にもしてなかったブロック塀が中の鉄筋もモロ出しになって倒れてきていました。昭和からのもので、素人が作ったモノもあったのでしょう。細い路地の両サイドから倒れ込んでいて屋根瓦やら色んなものが散乱していて、旦那の住んでいたアパートまで辿り着けないほどでした。鉄筋やらを踏んでも破傷風になったりするので、大人の男の人が代わりに入ってもらいました。朝から居たのですか、帰る頃には余震で崩れていなかったもろくなった外壁やら、外構やらが新たに倒壊していて[近づくな]的な紙が貼られてたりしてました。本職の職人さん(左官さんになるのかな?)が造作したブロック塀なら大丈夫だったのでしょうか?たしか、石塀も崩れていたから強度は地震の揺れには敵わないのかもしれませんね。
「阪神大震災で欠陥のブロック塀が倒壊」(女性 兵庫県 30代)
阪神淡路大震災の際、私は兵庫県の阪神間に住んでいました。角の一軒家で、すぐ横は歩道という立地でした。その歩道と家の境界にブロック塀(高さ約150cm)があったのですが、地震でそのブロック塀の上から3分の2程が10m近くにわたって倒壊しました。倒壊して初めてわかったことなのですが、ブロック塀の下半分くらいのところまでしか、鉄の芯が入っておらず、半分より上は、ぼぼ積んでいるだけのような状態でした。まさに先日の大阪地震で起きた事故と同じような状況です。このブロック塀は、セキュリティや目隠しの意味合いで震災の数年前に新たに設置したものでしたが、欠陥があったことには本当に驚きました。地震が起きたのが朝方だったので、幸いにも歩道に通行人はおらず、被害者を出さずには済みましたが、もし通行人がいたら、と思うとぞっとしました。また、震災後、ライフラインの水やガス、電気も止まり、家の中もぐちゃぐちゃで途方にくれるような状況にも関わらず、重たいブロック塀を片付けなければなりませんでした。もちろん、レスキュー等を呼ぶ術もありませんでした。真冬(地震当時1月)だったので、尚更外での作業は辛かったのを覚えています。
私は先日の大阪地震でも、震度5を経験しましたが、あの時の記憶が一気に蘇りました。(今は阪神大震災当時の家には住んでいません。)
本当に恐ろしい出来事でした。
「地震災害で築40年の一軒家のブロック塀あわや倒壊」(女性 兵庫県 40代)
私の家は祖父母が建てた木造建築の古い一軒家です。今の、新築一軒家は家の周りにブロック塀がないのが主流ですが、昔はブロック塀があるのが当たり前でした。私も、今のブロック塀がない新築一軒家には抵抗があり、プライバシーか守られるという点で、やはりブロック塀がある一軒家の方がどちらかというと好きです。
しかし、阪神淡路大震災の時、家自体は基礎がしっかりしていたので、部屋の土壁が所々剥がれおちたりした程度で大丈夫でしたが、コンクリートのブロック塀が割れて、家の敷地の外側の溝に傾きかけていました。中に針金の太いものが組み込まれていたので崩れ落ちる事はありませんでしたが、やはり危ないのでその時はブロック塀を何段が削ってもらいました。
この間の、大阪であった地震でも小学校のブロック塀が倒壊して小学生の女の子が亡くなっていましたが、古いブロック塀は災害があった時に耐えられるだけの安全性があるかどうかを改めて専門業者の人に見てもらう必要があると思います。
「20年以上前におこった阪神大震災」(女性 兵庫県 30代)
私が中学生の時に地震がおこったのでよく覚えています。
ちょうどおばあちゃんが私のお弁当を作るのに起きると同時に家が揺れました。すごく大きな家でしたが凄く怖くて一度布団に潜った記憶があります。それから少しして大きな地震だと気づき車に避難しました。外に出ると木は折れて瓦も割れて少し落ちそうになっていました。お風呂場のタイルも割れて大変なことになっていました。水も1週間ほど出なくて30分くらい車に乗って親戚の家にお風呂を借りに行っていました。近くのスーパーは大変なことになっていたので、近くでは買い出しもできない状態だったので遠くのスーパーに買い出しに行っていました。あの時はまだ近くにコンビニも少なかったのでほんとに便利になったなぁっと思います。
数ヶ月前におこった大阪地震ではJRが止まってしまって車で仕事場まで行きましたがいつもは30分から40分ほどで行けるのに2時間くらいかかってほんとに焦り困りました。家の方は揺れただけで何も被害が出なくてよかったです。